自民党派閥一覧と現在勢力図|解散ドミノ後の最新人数を徹底解説
自民党を長年支配してきた「派閥」という統治システムが、政治資金パーティーをめぐる裏金問題を引き金に根底から揺らいでいます。かつて党内最大勢力を誇った安倍派をはじめ、岸田派、二階派、森山派が次々と解散届を提出し、茂木派も政治団体としての届け出を取り下げて政策集団へと看板を掛け替えました。現在、伝統的な「派閥」として政治団体を維持し続けているのは麻生派のみという、憲政史上類を見ない異常事態が続いています。
しかし、看板を下ろしたからといって、永田町に根を張る人間関係や集票・人事の力学が一夜にして消滅したわけではありません。党所属国会議員の過半数が形式上は「無派閥」となった現在、党内力学はどのように再編され、誰が実権を握っているのか。報道機関の取材データや現場関係者の証言を基に、各派閥の解散経緯から最新の勢力図、そして水面下で蠢く新たな権力構造の真相までを冷徹に解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:裏金問題を契機に安倍派・岸田派・二階派・森山派が解散を決定し、政治団体として存続するのは麻生派(約50名)のみとなった。
- 要点2:党所属議員の8割以上が「無派閥」へと移行したものの、実態は勉強会や政策研究会と称した「疑似派閥」や緩やかなグループとして機能が温存されている。
- 要点3:総裁選や党人事における派閥の影響力は、従来の「長老による号令・鉄の結束」から「推薦人確保のための水面下の合従連衡」へと変質している。
【2026年最新】自民党の派閥一覧と現在勢力図|相次ぐ解散宣言で何が変わったのか
かつて「党内野党」として政策を競い合い、あるいは人事や資金を差配する運命共同体として君臨した自民党の派閥は、かつてない激震を経て様相を一変させました。衆参両院を合わせた自民党所属議員約400名超のうち、旧来型の資金管理と人事拘束力を持つ政治団体として活動を継続しているのは、麻生太郎副総裁が率いる麻生派(志公会)ただ一つです。
宏池会(岸田派)の電撃的な解散表明に端を発した「解散ドミノ」によって、清和政策研究会(安倍派)、志帥会(二階派)、近未来政治研究会(森山派)が政治団体の解散手続きを完了。平成研究会(茂木派)も政治団体としての届け出を取り下げ、資金集めを行わない純粋な政策グループへと形態を移行させました。その結果、自民党の派閥勢力図は「1派閥+政策グループ+巨大な無派閥群」という、極めて不透明なモザイク模様を描き出しています。
| 派閥・政策グループ名 | 現在のステータスと規模 | 解散・改編前の規模 | 編集部の見解・実質的影響力 |
|---|---|---|---|
| 麻生派(志公会) | 政治団体として唯一存続(約54名) | 約56名(第2派閥) | 党内唯一の結束ブロックとしてキャスティングボートを握るが、世論の風当たりは強い。 |
| 安倍派(清和政策研究会) | 解散完了(議員活動は無派閥扱い) | 96名(党内最大派閥) | 裏金問題の直撃で中枢幹部が処分。組織的求心力を完全に喪失し、数グループへ四分五裂。 |
| 茂木派(平成研究会) | 政治団体を解散、政策集団へ移行(約40名) | 約53名(第3派閥) | 政治資金集めを停止したものの、定例会などを維持。会長の影響力低下と退会者の続出に苦慮。 |
| 岸田派(宏池会) | 解散完了(任意連絡網のみ残存) | 約46名(第4派閥) | 先陣を切って解散を強行。歴史ある看板を下ろしたことで、政策的一致を軸にした再編を模索。 |
| 二階派(志帥会) | 解散完了(解散総会を経て精算) | 約41名(第5派閥) | トップの引退・交代に伴い解散。旧所属議員は個々の地盤強化と生き残りに専念する状況。 |
| 森山派(近未来政治研究会) | 解散完了 | 約8名(最少派閥) | 森山裕氏本人の党内調停力は健在だが、集団としての枠組みは正式に消滅。 |
| 無派閥議員 | 約300名超(党所属の大多数) | 約70〜80名(解散前) | 単一のブロックではなく、菅グループ、旧派閥残党、若手・中堅連合など多様な派生体が乱立。 |
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【徹底解明】自民党派閥の解散理由と裏金問題の経緯|なぜ解体へ追い込まれたのか
自民党派閥が雪崩を打って解散に追い込まれた直接の引き金は、2023年秋以降に東京地検特捜部の捜査によって白日の下に晒された、政治資金パーティー収入の不記載・裏金化問題です。長年にわたり慣例化していた「パーティー券の販売ノルマ超過分を議員側にキックバックし、収支報告書に記載せずプールする」という違法行為が発覚。とりわけ最大派閥であった清和政策研究会(安倍派)では、5年間で総額約6億円超にのぼる巨額の不記載が行われていた事実が確定し、国民の激しい怒りを買いました。
自民党派閥の解散理由を時系列で辿ると、党内の権力闘争と政権維持のための苦肉の策が複雑に絡み合っていたことが浮き彫りになります。
- 2023年12月:特捜部の強制捜査と閣僚更迭
特捜部が安倍派・二階派の事務所を家宅捜索。岸田文雄首相(当時)は安倍派所属の閣僚・党役員を一斉に更迭し、政権基盤が急速に不安定化しました。 - 2024年1月:岸田首相による宏池会解散の電撃発表
党内の事前調整を一切経ず、岸田首相が突如として「宏池会を解散する」と明言。この奇襲宣告により、他派閥も「派閥維持」を主張することが世論的に不可能な状況へと追い込まれました。 - 2024年1月〜2月:安倍派・二階派・森山派の解散決定
裏金問題の中心とされた二階派(志帥会)、幹部の大半が刑事告発・処分対象となった安倍派が相次いで解散総会を開き、組織の幕引きを余儀なくされました。 - 2024年4月:党紀委員会による大量処分
塩谷立元文部科学相や世耕弘成元参院幹事長への「離党の勧告」をはじめ、裏金議員39名に対する厳重処分が下され、安倍派の集団的指揮系統は名実ともに崩壊しました。 - 2024年春〜秋:茂木派の政策集団化と政治資金規正法改正
小渕優子氏らの退会が相次いだ茂木派が政治団体を解消。パーティー開催自粛や資金規正法見直しが進むなか、麻生派のみが「政策集団としての研鑽と人材育成に派閥は不可欠」として存続を強行しました。
派閥の解散は、理念的な政治改革の結果というよりも、内閣支持率の歴史的急落に怯えた執行部による「トカゲの尻尾切り」に近い政治的防衛策であったというのが、永田町関係者の一致した見立てです。
旧主要派閥の解体と生き残り組の現在地|麻生派・茂木派・無派閥の動向
形式的な解散を経た各派閥は現在、どのような力学のなかで活動しているのか。生き残った麻生派、政策集団化した茂木派、そして四分五裂した旧安倍派や無派閥の実態を個別に検証します。
麻生派(志公会):唯一の正規派閥として党内を牽引する強固なブロック
麻生太郎氏が率いる志公会は、党内で唯一政治資金規正法上の政治団体として届け出を継続しており、所属議員数は約50名前後で推移しています。毎週木曜日の派閥例会を定例通り開催し、事務所を構え、若手への選挙指導や政策指導を組織的に行っています。麻生氏は「他派閥が勝手に辞めただけで、我々は不記載などの不祥事を起こしていない。仲間を集めて政策を磨く集団を否定する筋合いはない」と公言。無派閥化が進んだ党内において、依然として「まとまって票を動かせる唯一のメガブロック」として、首班指名や総裁選で決定的な影響力を誇示し続けています。
茂木派(平成研究会):政治団体解散と「政策集団」の狭間での苦闘
旧竹下派の流れを汲む平成研究会は、茂木敏充元幹事長のもとで「政治団体としての解散」を選択しました。政治資金パーティーの開催や派閥としての政治献金分配を停止し、純粋な「政策集団」へとシフトしたものの、その過程で小渕優子氏や青木一彦氏といった参議院側の有力議員が相次いで離脱。かつて「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄氏の築いた結束力は弱まり、現在の実質的な集会参加者は約40名程度にまで目減りしました。茂木氏自身の求心力維持をめぐる模索が続いています。
旧安倍派(清和政策研究会)と旧二階派(志帥会):残党の漂流と小グループ化
96名を誇った旧安倍派は、事実上の空中分解状態にあります。いわゆる「5人衆」をはじめとする幹部陣が非公認処分や党員資格停止を受け、指導体制が消滅。旧所属議員は「旧安倍派出身の無派閥」という看板を背負いながら、次の選挙での議席維持を最優先課題としています。保守色を前面に出す高市早苗氏を支持するグループ、福田達夫氏らを中心とした中堅・若手の改革派グループ、参議院側の残存勢力へと最低でも3〜4つの小集団に分裂しています。一方の旧二階派も、二階俊博氏の政界引退に伴い、武田良太氏らを中心とした緩やかな連絡網にとどまり、組織的集票力は大幅に減退しました。
急膨張した無派閥議員:単一組織ではない「寄せ集め」の脆さ
現在、自民党所属議員の約8割が無派閥に該当します。しかし、これは理念を共有する集団ではなく、単に派閥という器を失った議員の総称に過ぎません。その中には、菅義偉元首相を囲む実力派グループ(菅グループ、約20名前後)や、小泉進次郎氏を支持する若手中堅ネットワーク、あるいは旧派閥の同期会など、多層的でインフォーマルな仲間意識が複雑に交差しています。

【実態検証】「派閥解消」は本物か?永田町の現場観察と世論のギャップ
「派閥をなくしました」という自民党の宣言を、国民は額面通りに受け取っているでしょうか。各種世論調査を見ても、7割前後の有権者が「自民党の派閥解消は形式だけであり、実態は変わっていない」と回答しています。国会記者席や党本部を取材するジャーナリストたちの間でも、冷めた見方が支配的です。
ある自民党の中堅議員は、オフレコ取材に対して次のように本音を漏らしています。
「看板を外して事務所を引き払ったからといって、選挙のときに誰を頼るか、誰にポストをお願いするかという人間関係が消えるわけがない。毎週の昼飯会は『政策勉強会』という名前に変えただけ。金が直接配られなくなっただけで、人脈のつながりは以前のまま残っている」(自民党・旧主要派閥所属の中堅議員)
SNSやネット掲示板(Xや5ちゃんねる等)の言論空間でも、国民の不信感は根強く燻っています。「名前を勉強会に変えただけのステルス派閥」「パーティー券の代わりに個人献金や別名義のセミナーをやるだけではないか」といった厳しい批判が日常的に飛び交っています。永田町の永続的な体質と、徹底した透明化を求める世論との間には、依然として埋めがたい深い断絶が存在します。
一般に知られていない盲点と誤解|総裁選と人事で派閥が果たしてきた歴史と役割
メディア報道では「派閥=金権政治の元凶」「悪の温床」として断罪される傾向が顕著ですが、近代日本政治史を客観的に検証すると、派閥が果たしてきた歴史的機能には一定の合理性が存在したことも事実です。派閥を全否定する論調が見落としがちな3つの盲点を整理します。
盲点1:政権交代が起きにくい中での「疑似政権交代」機能
55年体制以降、自民党が圧倒的多数を維持し続けた背景には、派閥の存在がありました。宏池会(ハト派・軽軍備・経済重視)と清和会(タカ派・憲法改正・安全保障重視)のように、党内に明確な政策対立軸が存在したことで、首相が交代するたびに政権交代に匹敵する政策転換が可能でした。派閥が存在したからこそ、野党への政権転落を防ぎ、党内で柔軟に世論の風向きに合わせたリーダーを選出できたという政治社会学的な機能は見逃せません。
盲点2:若手議員の育成と政治家のスクリーニング機能
かつての派閥は、政治の素人である当選1〜2期の議員に対し、政策立案の作法、国会対策の駆け引き、地元選挙区の固め方を手取り足取り教え込む「教育機関」でした。派閥の推薦がなければ副大臣や政務官といった政府ポストに就けない仕組みは、逆を言えば「派閥の厳しい審査をパスした者だけが引き上げられる」というスクリーニングとして機能していました。派閥の解散により、現在は「知名度偏重」や「世襲優遇」が一段と強まり、地道に政策を学ぶ若手が埋没するという副作用も生じています。
盲点3:総裁選における「派閥の影響」は消えず、不透明化しただけ
派閥が公然と存在していた時代は、「どの派閥が誰を推すか」が明確に可視化されていました。しかし派閥が解体された結果、総裁選での支持集めは「水面下の密室交渉」へと潜行しました。推薦人20名の確保をめぐって、誰が誰にどんな密約を結んだのかが外から見えにくくなり、かえって政治のブラックボックス化を加速させているという逆説的な現象が起きています。

【プロの結論】政治社会学から解き明かす「派閥の宿命」と有権者の見極め基準
政治社会学の観点から見れば、自民党の派閥は日本古来の「村社会構造」や「家制度」、そしてパトロン・クライアント関係(庇護者と被庇護者の利害結合)が永田町に具現化したものです。親分が子分に資金とポストを提供し、子分は親分のために忠誠と票を捧げる――この構造は、法律や党則で禁止したところで、人間の社会的行動様式として自然発生的に再現されます。
これからの政局を見る上で、有権者が「本物の政治改革」と「単なる看板の掛け替え」を冷徹に見極めるための判断基準を提示します。
政治の真贋を見極めるための判定マトリクス
- 信用してはならないシグナル(看板の掛け替え):
- 「派閥を抜けて勉強会を立ち上げた」と言いながら、参加メンバーが旧派閥の議員で占められている場合。
- 総裁選や内閣改造の直前に、特定の長老議員の私邸や高級料亭に集まって人事の陳情を行っている場合。
- 政治資金収支報告書における使途不明金や、別団体を経由した資金迂回の疑いが晴れていない場合。
- 注目に値するシグナル(真の構造変化):
- 政策テーマ(エネルギー政策、財政規律、外交安保等)ごとに、旧派閥の垣根を越えて離合集散する超党派・クロスフラクションの議論を行っている場合。
- 派閥の力ではなく、公開討論やオープンな政策論争によって党役員や国会委員長が選出されている場合。
- 資金の入り口と出口が完全デジタル化され、政治資金の領収書が1円単位で即座にオンライン開示されている場合。
派閥という強固な中間団体が崩壊した現在、自民党は「長老による安定支配」を失い、ポピュリズムと世論の波に直接翻弄される脆い政党へと変容しつつあります。派閥の解散が真の政党近代化につながるのか、それとも無秩序な権力闘争の始まりに過ぎないのか、私たちはその本質を注視しなければなりません。
【自民党 派閥 一覧】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:現在、自民党に残っている派閥は本当に麻生派だけなのですか?
A1:はい。政治資金規正法に基づく「政治団体」として届け出を行い、資金の管理や人事の一元化を行っている伝統的な意味での派閥は、麻生太郎副総裁が率いる志公会(麻生派)のみです。茂木派は政治団体を解散して政策集団へ移行し、安倍派、岸田派、二階派、森山派は派閥そのものを正式に解散しました。
Q2:解散した安倍派や岸田派の議員は、今後どうなるのですか?
A2:形式上は全員が「無派閥」として国会活動を行っています。しかし実際には、旧宏池会(岸田派)の議員同士による政策協議や、旧安倍派の中堅・若手による勉強会など、かつての人間関係をベースにしたグループ活動が続いています。次の総裁選や選挙での推薦人集めにおいて、これらの旧派閥人脈が水面下で再結集する動きが常態化しています。
Q3:派閥がなくなると、総裁選挙や内閣人事にはどのような影響が出ますか?
A3:かつてのように「派閥の領袖(トップ)が指示を出せば、所属議員が一斉に同じ候補へ投票する」という鉄の結束は機能しなくなりました。各議員が自身の選挙情勢や政策的志向によって個別に動くため、総裁選の結果が予測しにくくなっています。一方で、立候補に必要な「推薦人20名」の確保が難しくなり、水面下での貸し借りや密室取引が以前よりも複雑化しています。
まとめ:派閥政治の終焉と新たな権力闘争のゆくえ
政治資金パーティーの裏金問題を発端とした「派閥解散ドミノ」は、昭和から平成、令和へと続いてきた自民党の統治機構を根底から解体しました。党内最大勢力であった清和政策研究会(安倍派)の壊滅、名門・宏池会(岸田派)の幕引き、そして麻生派だけが孤高の孤島として生き残る現在の構図は、数年前の永田町では誰も想像し得なかった光景です。
しかし、制度としての派閥が消えたとしても、権力を巡る政治家たちの本能が消えることはありません。「無派閥」という巨大な海原のなかで、新たな政策グループや世代間対立、保守とリベラルの路線対立が萌芽しつつあります。形式的な「派閥一覧」という枠組みを超えて、誰がどのような政策理念を持ち、誰と手を組んで国家の舵取りを担おうとしているのか。看板の奥にある政治家の実態を、私たち有権者が厳しく見定める時代が訪れています。 (出典: 自民党 派閥 一覧(Yahoo!ニュース))